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2015年3月14日 (土)

「大阪都構想」のどこが構想なのか?

「大阪都構想」は構想などではなく、単なるテクニカルな施策、制度の変更だ。

少なくとも、大阪人にとって、それ自体が実現したい対象ではない。

「大阪都」と聞いて、ワクワクするような高揚感を感じることもないし、身近に感じられるものでもない。

「東京都」との関連で言えば、気持ちのいい言葉ですらない。


大阪維新の会の言葉を借りれば「大阪都構想」は「統治機構を変えることが大阪市と大阪府の対立の根本問題を解決するもの」とのことだが、それは、「東京に匹敵する大都市にする」ための手段としての「統治機構」(制度)の変更に過ぎないのではないのか?

「大阪都」にすること自体が目的ではなく、「大阪都」にすることによって実現したい未来があるはずだ。


明治末期から大正、昭和初期にかけて、大阪が東京をも凌ぐ繁栄を見せていた時代=「大大阪時代(だいおおさかじだい)」。

私はその時代のことは実感としてわからないが、「大阪都構想」=「広域行政化」ということから単純に想起されることとして、

「大阪都制度は、新たな大大阪時代の実現を目指したものではないか」

と感じられる。


新たな「大大阪」の実現を目指すのであれば、それは「新・大大阪構想」(あくまでも仮称、正式な名称は、それこそ住民投票でもして決めればいい)とでも呼称すべきなのではないだろうか?

そして、「大阪都制度」は、「新・大大阪構想」(仮称)の実現に向けての第一歩となる「統治機構」の変更と位置付けられるものなのではないか?


繰り返すが、大阪人は誰も「大阪都」が理想だとは感じてはいないと思う。しかし、新たな「大大阪」の実現のために必要な「統治機構」の変更であれば、ワクワクした高揚感とともに、自分事として感じられるのではないだろうか。


実は、私が上記したことに思い至ったのは、最近「大阪くらしの今昔館」を訪れてからだ。

ここにある「大大阪」を代表とする近代大阪の繁栄が、何故に今は失われてしまったのか。。。

そのようなことが、ここでは自然と感じられた。

そこで思うに、少なくともしばらくの間、大阪市民(できれば未来の大阪都民も)は「大阪くらしの今昔館」に無料で入館できるようにしたらどうか?

少なくとも、私のように大阪人としてのアイデンテティを思い出し、「新・大大阪構想」(仮称)に共感するに至る市民が増えるのではないかと単純に思っている。

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