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2016年4月24日 (日)

この一週間(4/18~4/24)

◆世間では:
・三菱自動車不正:私も技術者の一人として、暗澹たる気持ちで一杯です。命を何に使うのか?技術者が使うべきことは限られていいるように思うのですが。。。

◆個人的には:
・無力(むりょく)であることを、痛いほど感じる今日この頃です・・・無力(むりき)になれるのか。。。

○主な出来事:
4/23() 近畿マスターズ陸上研修会(大阪・服部緑地陸上競技場)
http://omaa.jp/topics/2016/03/post-29.html
4/24() 大阪ノルディック・ウォークフェスタ2016(大阪・中之島公園周辺)
http://www.nordic-walk.or.jp/pdf/20160411184256815.pdf

○本:「無力」五木寛之著(新潮新書)
・もともと人間は、考え方ひとつにしても非常に動的な存在です。何があろうと、ひとつところにとどまって変わらない、ということはありません。自力であれ他力であれ、そのあいだで揺れ動く状態を否定的に捉えるのでなく、人間はその二つのあいだを揺れ動くものであると捉える。自分はどちら側なのだ、と頑張るのではなく、肩の力を抜いて、不安定な自分のふらつきを肯定するのです。これが「無力(むりき)」という考え方の根本です。
・「あの人は一貫性があって始終ブレない、立派なものだ」よくそういう「ほめ言葉」を耳にしますが、それは間違いではないかと、思います。「ブレない」のは人間にとって正常な、正しい状態ではないからです。人間の体もときに病み、ときに病を克服し、調子のいいときもあれば、悪いときもある。揺れ続ける動的でダイナミックな存在です。そして、年齢とともに心も変わる。それが生命のありようだろうと思います。・・・物事を固定的に捉えず、時代とともにブレながら生きる、それが人間のあるべき姿ではないでしょうか。
・正統が正統でいられるのも異端の存在が正統に光を照り返すからこそではないのか・・・宗教というものも、異端が存在しなければ正統もまた存在しない。だとすれば、宗教もそして人間も異端と正統のあいだを揺れ動きつつあるものなのでしょう。
・明日のことさえ、誰にもわからない。その覚悟を持つことが大事なのではないか。わからないから自堕落に生きようというのではなく、わからないと覚悟しながら、精一杯生きて行く。そして、その時その時の判断で、黒白を簡単に決めてしまわないこと。これは、優柔不断の生き方のすすめです。あるいはそうやってブレながら動いていくこと。いわば動的人生のすすめ、というものかもしれません。
・現代は、毎日ふつうに新聞を読むだけでも、胸を痛めるようなニュースであふれています。心がきれいで優しい人、繊細な人ほど、辛くなる。・・・今は「ちょっと鬱」ぐらいの状態が正しい。鬱にもならずに常に明朗活発、というほうが人としてどうかしているのかもしれない。私は、本質的に無気力な人は鬱にはならないと思います。
・無力(むりき)と無力(むりょく)の違いはどこにあるのか。無力(むりょく)は、漠然として頼りないという無力感から、自殺や社会放棄をしたりする人が出てくる。動きの止まった、後ろを向くばかりの姿勢です。無力(むりき)というのは、無力(むりょく)の状態を認識して、揺れ続ける動的な生き方を肯定し、そのなかで何かを目指そうとする。前向きで、自在な姿勢です。

○これから一週間の予定:
4/30() ノルディック・ウォーキング体験会(大阪・枚方)
http://kansainordicwellness.web.fc2.com/
5/1() ノルディック・ウォーク& 八軒家浜市(大阪・天満橋)

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