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2021年5月 9日 (日)

この一週間(5/3~5/9)

◆世間では:【緊急事態宣言・期限延長】連休明けに何をどう評価するつもりなのか?とおそらく誰もが思っていたのではないかと推測しますが、案の定延長されました。

◆個人的には:ゴールデンウィークです!が、特に何をする訳でもなく、時間が過ぎてしまいました。これはこれででいいのですが、緊急事態宣言の期限が延長されたため、今月の予定はほとんどなくなりそうです。
・今週の御朱印:なし
・今週の「虹のようなもの」:内がさ(5/48)、彩雲(5/6

○主な出来事:
特になしです。。。

○本:「華厳の思想」鎌田茂雄著(講談社学術文庫)
・肉眼の見るところは限りがあるが、心眼の見るところは限りがない。無限を見るのは心眼でなければならない。これが尊徳の言葉である。
・個とは何か。絶対に余人をもっては代えられないのが個である。
・智の中には悲が含まれていないといけない。智のことを別の言葉で大悲というが、仏の愛であり、人間はそれに包まれていくわけである。
・『華厳経』の立場からは、悪は悲存在になっていき、あらゆるものは仏性のなかに生かされていくのだという考え方になるのである。
・仏が迷うと衆生になり、衆生が悟れば仏になる。では具体的に、仏にもなるし衆生にもなるものは何か。それは人間の心なのだ。
・人間のあらゆる行為が、一瞬の休みもなく阿頼耶識(あらやしき)のなかに貯えられてゆくのだ、と考えるならば恐ろしいというか、厳しさを反省しないわけにはゆかない。善い行為であろうと、悪い行為であろうと、一つ一つが絶対の意味をもつことになる。けっして消えることも、消すこともできない行為の恐ろしさに身の毛がよだつ気がする。
・人間の生命活動の本源を説いたのが、唯識の阿頼耶識であるとすれば、『華厳経』で説く自性清浄心は、人間のあるべき相(すがた)、人間のあるべき心、人間の理想態を説いたものにほかならない。
・『華厳経』では、初めて発心したとき、それが正覚なのだと、これはたいへんなことをいっているのである。・・・われわれのなかには、眠っている仏の心がある。それが何かの因縁で外にあらわれてきた。それが発心なのである。・・・これはまさしく革命的な思想である。

○これから一週間の予定:
5/13() MCEI大阪支部 20215月度 定例会(オンライン参加)

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