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2021年5月30日 (日)

この二週間(5/17~5/30)

◆世間では:【緊急事態宣言期限延長】大阪では3ヶ月ぶりに新規感染者が200人を下回ったものの、まだ病床使用率に余裕はない・・・ことはわかるのですが、リスクが極めて低いと推測されるところは、自粛要請から外すなどの対応はできないのでしょうか?(何度も言っているけど・・・)

◆個人的には:おかげさまで還暦を迎えました。それはともかく、「深田恭子さん「適応障害」」のニュースは、しばらく仕事を休んでいた私にとっては他人事ではなく感じます。
・今週の御朱印:なし
・今週の「虹のようなもの」:内がさ(5/26

○主な出来事:
特になしでした。

○本:「華厳の思想」鎌田茂雄著(講談社学術文庫)(つづき)
・物語るということはすでに体験を対象化し、抽象化したことになる。言葉で表現したものは生の体験そのものではない。それは概念によって抽象化されたものである。
・思想は精神の装飾である。文字でカッコよく書くわけで、本当ではない。行実(ぎょうじつ)が本当である。
・どうしても悲が動いていかないといけない。悲が動くということは、ありとあらゆる存在のものが、仏の光明を放っていなければいけない。
・現実の世界は縁起によって成り立っていると仏教では考える。縁起とは縁によって起こっているということで、縁は条件ということ、条件によって起こっているのである。
・あらゆるものが意志がそこに動いているのだというふうに考えると、人間はそのときに感謝の気持ちを持つ。
・ただ現実にあるのは殷々と鳴る鐘声のみ。・・・堂宇もなければ鐘もなく、鐘をつく人間すら存在しないのだ。虚空を裂破する鐘声こそ、華厳法界に入る門でなければならない。
・仏道をねがう心を清浄欲といい、・・・欲心が深くないといけない、仏道を求めるというのは、人間の欲望のなかの最高の欲望だというのである。
・あまり修行を完成させようと思うと修行に縛られるので、それはよくない。作為のない自然の姿がいい。
・人間にはそのあるべきようがある、自律がなければならない・・・あるべきようというのは自律の精神、どんな立場の人であっても、人間には人間のあるべきようがあるのだということである。
・『華厳経』は無限を説く。人間の営みとはなんとむなしいことか。一生懸命やっていても、その一生懸命というのは、なんと限りがあるか、ということを悟るのが華厳学なのである。

○これから一週間の予定:
6/3() MCEI大阪支部 20216月度 定例会(オンライン参加)

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