無料ブログはココログ
フォト

経済・政治・国際

2015年8月15日 (土)

昭和天皇の「玉音放送」 原文と現代語訳:朝日新聞デジタル

昭和天皇の「玉音放送」 原文と現代語訳:朝日新聞デジタル http://www.asahi.com/articles/ASH8F15GFH8DUTIL053.html

⇒ 折角、朝日新聞デジタルに掲載していただいたので、感想を少し述べさせていただきます。(⇒以下の部分が感想、その直前が引用部分です。)あくまでも反省の対象は戦争に負けたことであって、戦争目的には恥ずべきところはなく、侵略に対する謝罪の必要すら当時はなかったと感じられます。

--------------------------------------------------------------

曩ニ米英二國ニ宣戰スル所以モ亦實ニ帝國ノ自存ト東亞ノ安定トヲ庶幾スルニ出テ他國ノ主權ヲ排シ領土ヲ侵スカ如キハ固ヨリ朕カ志ニアラス

⇒大東亜戦争の目的が、我が国の「自存自衛」=安全保障と東アジアの安定=欧米植民地支配からの脱却(民族自決)であることを明確にされています。加えて、この目的はこの時に至るまで変わっていないものと捉えられます(この後に続く文言においても、目的が侵略に変化していったなどの表現はありません)。

 

戰局必スシモ好轉セス世界ノ大勢亦我ニ利アラス

⇒戦局が悪化したことと世界の情勢が有利ではないことを述べていますが、その原因には触れていません(我が国の戦争目的が侵略に変化したためだとも言っていません)。

 

加之敵ハ新ニ残虐ナル爆彈ヲ使用シテ頻ニ無辜ヲ殺傷シ慘害ノ及フ所真ニ測ルヘカラサルニ至ル

⇒敵=連合国=米国が、非戦闘員である一般市民に対する攻撃を禁止している戦時国際法に違反していることを明言している部分です。朝日新聞なので削除されたかと思っていましたが、残っています。

 

朕ハ帝國ト共ニ終始東亞ノ開放ニ協力セル諸連邦ニ對シ遺憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス

⇒欧米植民地支配からの脱却(民族自決)という目的が達せられなかったことに対して遺憾の意を表さざるを得ないと言っているのであって、侵略したから遺憾の意を表さざるを得ないと言っているのでは決してありません。

 

朕ハ茲ニ國體ヲ護持シ得テ忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ信倚シ常ニ爾臣民ト共ニ在リ

⇒国体が維持できることを明確に述べられていることから、ポツダム宣言を受諾することは決して無条件降伏ではなく、国体を維持することを条件の一つとした有条件降伏であったことがわかります。

 

爾臣民其レ克ク朕カ意ヲ體セヨ

⇒朝日新聞は、昭和天皇の「意をよく理解して行動」してきたでしょうか?

2015年8月14日 (金)

「戦後70年の安倍首相談話」に関しての感想

「戦後70年の安倍首相談話」に関しての私の感想です。(出典は以下、⇒部分が感想)

いろいろ書きましたが、全体的に素晴らしいものだと思います。

http://www.sankei.com/politics/news/150814/plt1508140016-n1.html

-----------------------------------------------------------

戦後70年の安倍首相談話の全文は以下のとおり。

 終戦七十年を迎えるにあたり、先の大戦への道のり、戦後の歩み、二十世紀という時代を、私たちは、心静かに振り返り、その歴史の教訓の中から、未来への知恵を学ばなければならないと考えます。

 百年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、十九世紀、アジアにも押し寄せました。その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。

 世界を巻き込んだ第一次世界大戦を経て、民族自決の動きが広がり、それまでの植民地化にブレーキがかかりました。この戦争は、一千万人もの戦死者を出す、悲惨な戦争でありました。人々は「平和」を強く願い、国際連盟を創設し、不戦条約を生み出しました。戦争自体を違法化する、新たな国際社会の潮流が生まれました。

当初は、日本も足並みを揃えました。しかし、世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。国内の政治システムは、その歯止めたりえなかった。こうして、日本は、世界の大勢を見失っていきました。
⇒「当初は、日本も足並みを揃えました。」→当初から、我が国が提案した「人種差別撤廃条項」が不合理な形で否決され(多数決では多くを占めたにもかかわらず、議長のウィルソンが全会一致でなければ成立させないとした)、人種差別問題で足並みは揃っていなかった。そのことが、我が国が孤立させられる原因であった。

 満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。

⇒「「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。」→我が国が望んで「挑戦者」となったのではない。我が国を孤立させようという明確な意思が欧米諸国にはあった。一方で、「新しい国際秩序」というのは人種差別を容認する欧米列強を中心とした秩序であり、それに対してあくまでも「人種差別撤廃」を大義とした大東亜共栄圏を理想としたことを指して「挑戦者」となったとも解釈できる。この場合は、「挑戦者」となっていったこと自体の善悪には触れず、その結果として敗戦したことを反省することとなり、「戦争の道を進んで行」ったことの原因を明らかにすべきことを示唆しているとも捉えられる。

 そして七十年前。日本は、敗戦しました。

 戦後七十年にあたり、国内外に斃れたすべての人々の命の前に、深く頭を垂れ、痛惜の念を表すとともに、永劫の、哀悼の誠を捧げます。

 先の大戦では、三百万余の同胞の命が失われました。祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦陣に散った方々。終戦後、酷寒の、あるいは灼熱の、遠い異郷の地にあって、飢えや病に苦しみ、亡くなられた方々。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などによって、たくさんの市井の人々が、無残にも犠牲となりました。
⇒「終戦後、酷寒の、あるいは灼熱の、遠い異郷の地にあって、飢えや病に苦しみ、亡くなられた方々。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃」→この部分、非戦闘員である一般市民に対する攻撃を禁止している戦時国際法または「日本を人種として奴隷化するつもりもなければ国民として絶滅させるつもりもない。・・・言論、宗教、思想の自由及び基本的人権の尊重はこれを確立するものとする。」としたポツダム宣言違反だと解釈される。何故、安倍総理は容認するのか?

戦火を交えた国々でも、将来ある若者たちの命が、数知れず失われました。中国、東南アジア、太平洋の島々など、戦場となった地域では、戦闘のみならず、食糧難などにより、多くの無辜の民が苦しみ、犠牲となりました。戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません。
⇒「戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません。」→朝鮮戦争およびベトナム戦争も含めた表現にできればよかったと思ったが、後述されているのでこれでいいと思う。

 何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実。歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。一人ひとりに、それぞれの人生があり、夢があり、愛する家族があった。この当然の事実をかみしめる時、今なお、言葉を失い、ただただ、断腸の念を禁じ得ません。
⇒「何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実。」→我が国は非戦闘員に対する攻撃は行っていない一方で、支那や米国による一般市民への攻撃はあったことを明確にすべきだと思う。

 これほどまでの尊い犠牲の上に、現在の平和がある。これが、戦後日本の原点であります。

 二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。

 事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。植民地支配から永遠に訣別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。
⇒我が国に限定しているものではないことから、支那に対する警告と捉えられる。

 先の大戦への深い悔悟の念と共に、我が国は、そう誓いました。自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら不戦の誓いを堅持してまいりました。七十年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たちは、静かな誇りを抱きながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります。

 我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました。その思いを実際の行動で示すため、インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました。

 こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります。

 ただ、私たちがいかなる努力を尽くそうとも、家族を失った方々の悲しみ、戦禍によって塗炭の苦しみを味わった人々の辛い記憶は、これからも、決して癒えることはないでしょう。

 ですから、私たちは、心に留めなければなりません。

 戦後、六百万人を超える引揚者が、アジア太平洋の各地から無事帰還でき、日本再建の原動力となった事実を。中国に置き去りにされた三千人近い日本人の子どもたちが、無事成長し、再び祖国の土を踏むことができた事実を。米国や英国、オランダ、豪州などの元捕虜の皆さんが、長年にわたり、日本を訪れ、互いの戦死者のために慰霊を続けてくれている事実を。

 戦争の苦痛を嘗め尽くした中国人の皆さんや、日本軍によって耐え難い苦痛を受けた元捕虜の皆さんが、それほど寛容であるためには、どれほどの心の葛藤があり、いかほどの努力が必要であったか。

 そのことに、私たちは、思いを致さなければなりません。

 寛容の心によって、日本は、戦後、国際社会に復帰することができました。戦後七十年のこの機にあたり、我が国は、和解のために力を尽くしてくださった、すべての国々、すべての方々に、心からの感謝の気持ちを表したいと思います。

 日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。

 しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります。

 私たちの親、そのまた親の世代が、戦後の焼け野原、貧しさのどん底の中で、命をつなぐことができた。そして、現在の私たちの世代、さらに次の世代へと、未来をつないでいくことができる。それは、先人たちのたゆまぬ努力と共に、敵として熾烈に戦った、米国、豪州、欧州諸国をはじめ、本当にたくさんの国々から、恩讐を越えて、善意と支援の手が差しのべられたおかげであります。

 そのことを、私たちは、未来へと語り継いでいかなければならない。歴史の教訓を深く胸に刻み、より良い未来を切り拓いていく、アジア、そして世界の平和と繁栄に力を尽くす。その大きな責任があります。

 私たちは、自らの行き詰まりを力によって打開しようとした過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる紛争も、法の支配を尊重し、力の行使ではなく、平和的・外交的に解決すべきである。この原則を、これからも堅く守り、世界の国々にも働きかけてまいります。唯一の戦争被爆国として、核兵器の不拡散と究極の廃絶を目指し、国際社会でその責任を果たしてまいります。
⇒「自らの行き詰まりを力によって打開しようとした過去」→これは現在の支那の状況であり、支那に対する警告と捉えられる。

 私たちは、二十世紀において、戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、そうした女性たちの心に、常に寄り添う国でありたい。二十一世紀こそ、女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードしてまいります。
⇒ここでは大東亜戦争に限定していないため、朝鮮戦争、ベトナム戦争等を含めたものと捉えられる。

 私たちは、経済のブロック化が紛争の芽を育てた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる国の恣意にも左右されない、自由で、公正で、開かれた国際経済システムを発展させ、途上国支援を強化し、世界の更なる繁栄を牽引してまいります。繁栄こそ、平和の礎です。暴力の温床ともなる貧困に立ち向かい、世界のあらゆる人々に、医療と教育、自立の機会を提供するため、一層、力を尽くしてまいります。

 私たちは、国際秩序への挑戦者となってしまった過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値を揺るぎないものとして堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて、「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります。
⇒「国際秩序への挑戦者となってしまった過去」→これは現在の支那の状況であり、支那に対する警告と捉えられる。一方で、「挑戦者」を良い意味で捉えるのであれば、当時の国際秩序は「自由、民主主義、人権といった基本的価値」が明確になっていなかったものとして、未来を考えていく姿勢とも捉えられる。

 終戦八十年、九十年、さらには百年に向けて、そのような日本を、国民の皆様と共に創り上げていく。その決意であります。

 平成二十七年八月十四日
 内閣総理大臣 安倍晋三

2015年5月27日 (水)

国際連合を「UN」と呼称してはいかがでしょうか?

「イスラム国」は「国」ではないという理由から「IS」と呼称されるようになりました。
同様に考えれば、「国際連合」は各国が平等ではなく、また、元来の意味からも「international」(国際)でないことは明白です。
そのため、国際連合を「UN」と呼称してはいかがでしょうか?

2015年3月14日 (土)

「大阪都構想」のどこが構想なのか?

「大阪都構想」は構想などではなく、単なるテクニカルな施策、制度の変更だ。

少なくとも、大阪人にとって、それ自体が実現したい対象ではない。

「大阪都」と聞いて、ワクワクするような高揚感を感じることもないし、身近に感じられるものでもない。

「東京都」との関連で言えば、気持ちのいい言葉ですらない。


大阪維新の会の言葉を借りれば「大阪都構想」は「統治機構を変えることが大阪市と大阪府の対立の根本問題を解決するもの」とのことだが、それは、「東京に匹敵する大都市にする」ための手段としての「統治機構」(制度)の変更に過ぎないのではないのか?

「大阪都」にすること自体が目的ではなく、「大阪都」にすることによって実現したい未来があるはずだ。


明治末期から大正、昭和初期にかけて、大阪が東京をも凌ぐ繁栄を見せていた時代=「大大阪時代(だいおおさかじだい)」。

私はその時代のことは実感としてわからないが、「大阪都構想」=「広域行政化」ということから単純に想起されることとして、

「大阪都制度は、新たな大大阪時代の実現を目指したものではないか」

と感じられる。


新たな「大大阪」の実現を目指すのであれば、それは「新・大大阪構想」(あくまでも仮称、正式な名称は、それこそ住民投票でもして決めればいい)とでも呼称すべきなのではないだろうか?

そして、「大阪都制度」は、「新・大大阪構想」(仮称)の実現に向けての第一歩となる「統治機構」の変更と位置付けられるものなのではないか?


繰り返すが、大阪人は誰も「大阪都」が理想だとは感じてはいないと思う。しかし、新たな「大大阪」の実現のために必要な「統治機構」の変更であれば、ワクワクした高揚感とともに、自分事として感じられるのではないだろうか。


実は、私が上記したことに思い至ったのは、最近「大阪くらしの今昔館」を訪れてからだ。

ここにある「大大阪」を代表とする近代大阪の繁栄が、何故に今は失われてしまったのか。。。

そのようなことが、ここでは自然と感じられた。

そこで思うに、少なくともしばらくの間、大阪市民(できれば未来の大阪都民も)は「大阪くらしの今昔館」に無料で入館できるようにしたらどうか?

少なくとも、私のように大阪人としてのアイデンテティを思い出し、「新・大大阪構想」(仮称)に共感するに至る市民が増えるのではないかと単純に思っている。

2015年2月26日 (木)

私の「戦後七十年談話」

安倍首相の「戦後七十年談話」が注目されています。

一方で、河野洋平氏のように、言いたい放題で言われてしまう状況も現出してきています。

そこで、私としては、皆がいいと感じているものを、実際に書いてみてもいいのではないかと思うに至りました。

 

実際に、大川隆法氏は以下の内容の「談話」を公表されています。

http://special.hr-party.jp/policy2013/okawa-danwa/

 

内容に対して私には何も言う資格はありませんが、ともかく書いてみることは、そして、公表してみることは、価値があることだと私は思っています。

 

大川氏のように、過去を踏襲しない考えもひとつにはありますが、私としては、周辺国の反発を招かないためにも、以下の戦後六十年の「小泉談話」を踏襲して考えてみました。(踏襲することは本意ではありませんが、今は仕方がないと割り切っています。八十年談話。を期待しましょう。)

 

http://www.kantei.go.jp/jp/koizumispeech/2005/08/15danwa.html

 

実際には、「小泉談話」を踏襲してというよりは、下敷きにして修正したといってもいいようなものです。

十分時間をかけて考え込んだ訳ではありませんので、不完全ですし、間違いもあると思います。

でも、皆が「私の「戦後七十年談話」」を書いて公表する中から、我が国の国民が感じているものが浮かび上がってくるのでは、とも期待しています。

 

ということで、以下、考えてみました。

------------------------------------------------------

私は、終戦七十年を迎えるに当たり、今私たちが享受している平和と繁栄は、戦争によって心ならずも命を落とされた多くの方々の尊い犠牲の上にあることに、改めて思いをいたす次第でございます。

 

先の大戦で、我が国は、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。

そのため我が国は、先の大戦における内外のすべての犠牲者に謹んで哀悼の意を表すとともに、悲惨な戦争の教訓を風化させることなく、世界の平和と繁栄に貢献していくことを決意いたしました。

 

最も多くの苦痛を与えた隣国韓国に対しては、名誉と尊厳を傷つけられた女性たちに対するものも含めて、1965年の日韓基本条約以降6,948億ドル、現在の通貨価値で543,000億円の資金援助をいたしました。

これによって、朝鮮戦争で壊滅的打撃をうけた大韓民国が、短期間で復興、経済成長を成し遂げた「漢江の奇跡」への一助として貢献できたものと捉えています。

 

中国に対しては、ODA政府開発援助として、1980年以降2011年までに円借款33,164億円、無償資金協力1,566億円、技術協力1,772億円を供与いたしました。

中国は今やGDPが世界一ともなる経済大国となりました。

我が国の援助がそのために有効に使われたことは、喜ばしいことと感じています。

 

韓国および中国との関係におきましては、まだまだ課題が残っておりますが、両国に対してこれまで我が国が貢献してきたことを踏まえて、今後も関係改善に尽力して参りたいと考えています。

 

一方で、戦後我が国は、国民の不断の努力と多くの国々の支援により廃墟から立ち上がることができました。なかんずく、我が国の経済発展が可能となったのは、我が国の国防の全てを担っていただいた米国の軍事力に負うところが大きかったと捉えています。

しかるに、昨今の米国の経済状況を考慮いたしますと、いつまでも米国に我が国の国防を負担していただく訳にはいかないと思わざるを得ません。

 

我が国は、戦後七十年の間、戦争や少数民族の弾圧など、世界の平和に反する行為は一度たりとも行ってきませんでした。

そして、そのことが、世界の多くの国からの信頼を頂いている源泉であると考えておりますし、今後も、国際平和を心から希求し、世界中と相互理解と信頼に基づいた未来志向の協力関係を構築していきたいと考えています。

そのためにも、戦後七十年を経過して、我が国も抑止力としての戦力を保持することを検討すべき時にきていると思う次第であります。

 

戦後七十年という節目のこの年に、平和を愛する我が国は、志を同じくするすべての国々とともに人類全体の平和と繁栄を実現するために、全力を尽くすことを改めてここに表明いたします。

------------------------------------------------------

2014年12月 8日 (月)

「いつか来た道」=「戦争への道」

「いつか来た道」=「戦争への道」を我々は何が何でも避けなければならないことは言うまでもありません。
しかし、それが「軍隊の保有」だという考えに、私は賛成できません。
何故ならば、「軍隊の保有」が「戦争への道」への根本的な原因だとは、私には到底思えないからです。
巷に溢れる様々な情報を解釈した結果として、今の私としての結論は、コミンテルンの諜報員である近衛文麿の正体を見抜けなかったことが、「戦争への道」への根本的な原因だと解釈しています。
ですので、「いつか来た道」=「戦争への道」を避けるための方策は、コミンテルン(に限りませんが)の諜報員を我が国の政治の中枢に入れないこと、このことに尽きると信じています。
決して「軍隊の保有」の阻止ではないと信じています。
そもそも、何故、我が国は「戦争への道」を避けて通れなかったのかに関して、十分に検討されているとは思えなません。まずは、全国民に共通の認識となるまで、検証しなければならないのではないでしょうか?

2014年9月24日 (水)

「日本は大東亜戦争に勝っていた」

今週は「この一週間とちょっと」で本について書く余裕がなかったので、その代わりに以下にまとめました。

◆「日本は大東亜戦争に勝っていた」川本山水 著(TTS新書)
(「」で囲んだ部分は本書からの引用部分です。)

○標題にもあるように、この本の第一の論点は、「日本は大東亜戦争に勝っていた」ということです。

ただし、戦争の「勝ち」「負け」に関しては、これまで明確な定義がないため、筆者が新たに定義(①戦争目的を達成すること②戦争終結時にその国体を維持していること③戦後少なくとも50年は存続していること)を設定し、それをもとに判断した結果、日本だけが勝っていたというものです。
・「日本はアジア諸国の解放と独立を戦争目的として掲げ、その本来の目的を達成した。しかもその国体を戦後に至るまで維持し続けることによって、第2次世界大戦を戦った主要国の中において、ただ一国の戦勝国となった。歴史とは「現在から見た過去の事実を想定すること」との冒頭の観点から見て、これが筆者が想定するもっとも真実に近い、大東亜戦争の歴史である。」

○それとともに、筆者が本書で述べていることは、「大東亜戦争を含む第二次世界大戦の全てはコミンテルンの陰謀によるものである」ということで、全体における比重はこちらの方が高いように思えます。
すなわち、「ヴェノナ暗号解読文書」の解読によって、ソ連が厖大な政治、軍事、産業、外交、科学技術などの情報を盗み出していたことを、戦後の1947年にアメリカ人が知ったということです。その主な内容は以下の①②のとおりです。(今の私は「ヴェノナ暗号解読文書」に関してどうのこうの言える立場にはないのですが、状況を鑑みる限り、以下の①②が事実であると捉えた方が、全てにおいて辻褄が合うように思えます。確度を高めることが今後の課題です。)
①「支那事変とはソ連のスターリンと中国共産党の毛沢東が始めた戦いで、彼らは中華民国群と日本軍を謀略によって戦わせた。これが日本の中国侵略戦争の真実。」(⇒すなわち、日本は中国を侵略したのではなく、侵略させられた。)

・「蒋介石は・・・日本軍と戦おうとしていたわけではない・・・コミンテルンに寝返っていた張学良に西安で捕えられ、日本軍への共闘を約束させられた(西安事件)。」
・「日本内部にも・・・コミンテルンのスパイがいた。近衛文麿とその側近たち。・・・近衛は日本政府の支那事変不拡散大方針にあえて逆らい、中華民国との戦いを続行するためのさまざまな活動を行った。そして、日本軍を中国大陸の泥沼の戦場に誘い込んだ。同時のアメリカと戦うために挑発行為を繰り返し、日米を開戦に導くお膳立てをした。」
・「中国は日本が中国を侵略したとよく言ってくるが、それを実行させたのはソ連のスターリンと中国共産党中央の毛沢東である。」
・「日本は中国を侵略したのではなく、中国が謀略を行って戦争を起こしたため、日本は惨憺たる苦境に陥れられた。・・・支那事変の戦争責任は当時の中国共産党にある。従ってまず中国は日本に対して戦争責任の謝罪をしなければならない。そして日本は中国に賠償を要求しなければならない。」
②「日米開戦はソ連のスターリンがアメリカ合衆国政府の中枢部に作り上げたスパイ網と近衛内閣周辺に作り上げたスパイ網によって引き起こされた。」(⇒すなわち、日本はソ連の陰謀によって戦いたくないアメリカと戦わされた。)
・「従来はアメリカは早くドイツと戦争したいが、そのきっかけが摑めない。そこで日本を挑発するためにハル・ノートを送って開戦したことになっている。しかし、F・ルーズベルトがスターリンのスパイなら、その意を酌んで砕氷船テーゼの陰謀のために・・・開戦したことになる。」
・「大東亜戦争はスターリンの陰謀により、近衛文麿とF・ルーズベルトが祖国を裏切ることによって引き起こされたと考えられる。」

○以上が、本書において筆者が言いたいと思われることですが、本書では、韓国に対しては、好意的に述べられているように感じました。
考えてみれば、韓国併合を決意したのは明治時代の我が国なのですから、現在の我々も、その責任を負うべきなのだと思います。
これまで私は、韓国に対しては突き放した態度をとっていましたが、これからは、筆者の以下の考えも考慮に入れたいと思っています。
・「韓国人は大東亜戦争においては日本軍人として、共にアジアの解放と独立のために戦った。これは韓国が世界に誇れる人類史上まれに見る偉大な功績である。韓国人は正しい歴史認識を行い、この最も誇らしい行為を子々孫々にまで伝えてゆくべきである。」

2014年9月17日 (水)

「戦後レジームからの脱却」と国際連合という「不平等条約」

安倍首相は「戦後レジームからの脱却」を宣言し、憲法改正が不可欠であるとしています。
もちろん、国内においては憲法改正が最重要課題ですが、国際的には、国際連合を中心とした体制からの脱却が最重要課題となります。
敵国条項が未だに削除されておらず、安全保障理事会で拒否権を有する常任理事国が存在する国際連合は、我が国にとって「不平等条約」そのものだと捉えられるからです。
我が国は、江戸時代末期(安政)において、欧米諸国と不平等条約を締結させられました。
しかし、それらの不平等条約の改正を、我が国は明治維新後に成功しました。
明治時代における我が国の条約改正の考え方は、国際連合という「不平等条約」の改正においても活かすことができると思います。
そして、その最も基本的な考え方は、「最恵国待遇の条件付き適用」であると思います。
「最恵国待遇の条件付き適用」を含む二国間条約をインド、トルコ、東南アジア諸国から初めて、世界中の国々と締結することで、敵国条項や拒否権の削除に反対する国々にも受け入れざるを得ない状況を作っていく。
このことが有効なのではないかと私は思っています。
どのような条件が適切なのかは、私にはよく解っていませんが、例えば、
「敵国条項の削除を批准した国に最恵国待遇を与える(国連総会での採択で支持することが前提)」
あるいは
「常任理事国の拒否権の削除(国連総会で決議案を提出して採択されることが前提となるのでしょうか?)を批准した国に最恵国待遇を与える(国連総会での採択で支持することが前提)」
などが考えられると思います。(専門家の方にはもっと有効な案を考えていただけると思っています。)
「不平等条約」は帝国主義時代のもので今の時代には存在しない、ということはありません。
安倍首相には、国際連合という「不平等条約」を改正することで、「戦後レジームからの脱却」を真に実現していただきたいと切に願っています。

2014年1月28日 (火)

「日本国憲法」の前文を読んで素直に感じていること

私はもちろん憲法学者ではないし、憲法について深く学んだこともない。
そんな私が、「日本国憲法」の前文を読んで素直に感じていること、それは憲法の解釈としては誤りなのかもしれないが、愛国心を有する日本国民としては誤った捉え方ではないと信じる。

◆「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」
ここで、「平和を愛する諸国民」とは、「諸国民は全て平和を愛する故に、全ての諸国民の公正と信義を信頼する」のではなく、「玉石混交の諸国民の中で、平和を愛する諸国民に対しては、その公正と信義を信頼する」という意味の捉えられないのだろうか?
すなわち、到底平和を愛しているとは思えない国の諸国民に対しては、当然のことながらその公正と信義を信頼することなどできる訳がない。そのことを明確にすべきであると思う。

◆「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。」
ここでも、「・・・努めてゐる国際社会」とは、「国際社会が全て努めている」ことが前提なのではなく、「努めてゐる国際社会」と「努めてゐない国際社会」がある中で、われらが名誉ある地位を占めたいと思ふのは、当然のことながら前者の国際社会であり、後者の国際社会とは一線を画す覚悟を有するべきであろうと思う。

◆「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」
ここで言う「全世界の国民」とは、前出の「努めてゐる国際社会」における「全世界の国民」に限定すべきであり、「努めてゐない国際社会」の「全世界の国民」にまで「権利を有することを確認する」必要はないと捉える。

最近のトラックバック

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31